哲学に戻る

ハイデガー

関心による存在論

ハイデガーは、「それが関心されていないなら、それは存在していない」と考える。

ハイデガーは、存在論をもう一度哲学者が考えるべきだとし、そこではバークリや唯心論の哲学者のように、「意識されているもの、関心されているものだけが存在する」とした。

だから、ハイデガーは、人間を「現存在」とし、全ての存在は人間が意識する中に存在する、逆に関心されないものは存在しない、とする。

ハイデガーの解釈

僕が思うに、ハイデガーは「自分と言う現存在が存在している中で、現存在として存在しているものは、現存在の意識と関心が向いたものだけである」と言いたいのかもしれない。

自分がまず存在している。その上で、本当にその自分の中に存在しているものは、関心があったものだけである。

ただ、これはハイデガーのことを何も分かっていない、僕の個人の解釈と考え方である、と言うことに注意して欲しい。全くそういうことはハイデガーは言っていない。

ハイデガーは、人生の全てを「死へと向かっていく」と言うものであると考える。

可能性

人間とは可能性であり、人生とは可能性の発揮である、ということをハイデガーは言っている。

緊迫した文章

ハイデガーは、存在と時間というテーマから、緊迫した全てを分かっているかのような文章を書く。

ナチとの関係

ハイデガーは、ナチス・ドイツへとコミットした哲学者だが、それは何も悪いことではない。

著作

「存在と時間」、「形而上学入門」、など。