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=2016-10-14=

一つ一つ、正しいことを信じて、積み重ねていけば分かる。

まずは、「食べ物は食べられる」から信じていけば良い。

人間に出来ること、社会的なこと、共通すること、実験して確かめられることなどを知っていく。

不思議と、分からなくなるのは、パソコンが悪い。

普通、コーヒー豆の原産地とか、そういうことを考えるが、パソコンがあると、考えなくなる。

パソコンをしていると、そういうものに意味がなく見える。普通のことを知ろうとしなくなるのだ。

パソコンは悪い。もっと、普通のことを考えるようにした方が良い。

昔は、感情、想像力、意味、行動、言葉、論理、作用、反応などを、物理的、数学的に積み重ねていた。

自分は賢くない。賢いことを何もしていない。

賢くなりたいなら、覚えれば良い。みんなはきちんと覚えている。みんなの方が賢い。

自分は賢くない。むしろ、もう、賢くなりたくない。賢い人間は辛い。馬鹿になった方が、楽だ。

人間は、自分で経験しないと分からない。他人の経験は参考にならない。ただ、経験を会話で知るのは良い。

バンプが言っているように、想像で作った道を現実が塗り替えていくように生きよ。

世界も、人生も、ありのまま存在しているだけだ。

ありのまま生きるのが、一番優れている。この世界も、ありのままの視点で知るべきだ。

全ては、未知であり、可能性である。可能性の中での、唯一の実在であり、みんなで変えることが出来る。

馬鹿になると、まともになって、楽になる。

馬鹿になると言うよりは、分からなくなれば良い。分かるのが賢いから、辛くなっている。

分かる部分が辛い。こういう、分かる人間は、賢くなって馬鹿になる。

馬鹿になるのは、賢くなるの逆だから、適度に馬鹿になっていると賢くなる。

みんな、分からなくなれ。

あとは、自分は、幼虫から成虫になって、人間はもう既に終わっていて、太陽系のような生命になっている。

顔がありえない。幽霊のような顔に見える。ニキビはキモいが、顔立ちがかっこよく見える。

分からなくなると、正常になる。人間は、馬鹿にならないと、正常にならない。正常な人間は、子供だ。

馬鹿になると、感情で分かるようになる。頭も、馬鹿の方が賢い。

みんなも、そういう馬鹿になれば良い。

最近の僕は、馬鹿の一つ覚えだ。ある意味、唯一賢い「分かる」を永遠にやっている。何も賢くないのに賢い。

昔の自分は、感情と想像力で分かるまともな人間だったが、あれは馬鹿だ。何も賢くない。

昔は、生命の根源とか、宇宙とか、人生とか、そういうものを意識と実在で分かっていた。

哲学の現象学とは、そういう意識の現象学のことを言う。フッサールやヤスパースは、そこらへんを考えている。

自分の小説にある、関係的な現象学は、完全に間違っている。申し訳ないが、もっと勉強した方が良い。

だが、もう、勉強なんかしなくて良い。賢くなればなるほど馬鹿になる。賢い自分が一番賢くない。昔も含めてだ。

あとは、ドイツは賢くない。特に、ヒトラーは、みんなに勝ちたかっただけで、みんなを騙している。

それこそ、裏に居るのは、米ソだ。アメリカが、ユダヤ人を殺したかった。それは、ユダヤ人に賢い人間が多かったからだ。

アメリカが考えて、「ユダヤ人は馬鹿だから死んだ」ことにしたかった。

それを、「間抜けなドイツ人がやった」ことにしたかった。

そして、ソ連が「帝国が馬鹿」だということにしたかった。

良く考えると、政府や国家主義のみんなが、民衆を騙して、負けないようにしているだけだ。

それこそ、その方が民衆も「楽で、良い国だ」と思わせている。そこに反抗するこういう人間が怖い。

「ソ連は自由がない」とか、「人種差別はファシズム」とか、そういう常識をアメリカや日本などがどんどん作っている。

ただ、政治はやめた方が良い。

本当に革命家がやると、こういう風に、何も変わらない。ナチとソ連なんか、同じだ。ソ連は、それを言わせたいだけだ。

そういうわけで、賢い人間が過去の時代に多かった。それらは、米ソがほとんど殺した。だが、昔の日本は賢かった。

あまり意味がないが、それをやっているのはソ連だ。ソ連が悪いだけだ。

あまりおかしくない。米ソは、自分たちの方が賢いのを分かってほしい。

冷戦は、ただ、弱いものを全員殺したいだけで、そんな誘導や滅亡は誰もしていない。

そんな賢い人間は、ヒトラーしか居ない。ヒトラーのせいで、ドイツ人が「賢くならないドイツ病」になっている。

最近の日本人が宗教を信じないのは、分をわきまえることがないからだ。

要は、発展と自由主義がおかしい。いくらでも発展して、宇宙の最後にまで達すると錯覚している。限界はないと思っている。

昔の時代の人類が賢かったのは、分をわきまえることが多かったからだ。

人間には及びもつかないような、神や仏の存在を信じていた。

人間は、賢くなって馬鹿になった。産業革命の時代ぐらいから、人間は自由過ぎるようになった。分をわきまえないからだ。

僕は、自由が好きだから、自由な国になってほしい。いつも、自由になると何が出来るのかを、知性で考えて書いていた。

それこそ、こういう人間は昔から多い。スピノザのような人間が、こういう風になる。本当に賢い人間は、辛い人間しか居ない。

不思議と、昔の馬鹿になる馬鹿が、多すぎる。賢い人間は、全部考えれば分かる。

あとは、最近の馬鹿は、本当に何も賢くない。統合失調症になると、こういう風に完全に狂う人間が多いが、それは死ねば治る。

それこそ、神との対話が出来る人間が居ない。自分は、神との対話をしているここらへんの時代を「神」だと言っている。

何故か、神が対話しているのは、まだ若いのに終わっているからだ。本当の神は、自分と対話して、色んな奇跡を起こしている。

つまらないのは、神がキリストと言うことになっているのが悲惨だからだ。

どうでも良いから、自分が神だ。ヒトラーどころか、神を信じるからそういう風に賢い人間が居なくなる。賢者は悪い。

神やキリスト教は悪い。賢い人間をどんどん消していく。

電通の若い女性社員が過労で自殺したように、日本は大企業から子供の学校まで、どんどんおかしくなっている。

ブラック企業や競争が悪いのは分かる。だが、もっと精神的などこかの部分で、柱が無くなっているように思う。

ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったが、あの時代とはまた違う。本当に、みんなで作り上げる「社会の基盤」が無くなっている。

反戦は流行らないが、それは平和になったからではない。本当に、精神的に辛くなっている。

自分も色々と悪いが、自分だけの責任ではない。マスコミ、ネット、政治家、官僚、教師、みんなが団結して変えるべきだ。

そういうわけで、左翼もおかしくはない。どんどん左翼や右翼が増えているが、左翼は大失敗だったから、右翼が良いと思う。

自分は、男なんか戦うだけなのが分かっていない。

見ていると、戦って分かる男しか居ない。国を相手に戦って分かる。そういう、「戦う男」が一番多い。

人の話を聞いている時も、戦って、「受け入れるべきもの」と「そうでないもの」を納得・承認して分かっている。

そういう、戦う男が分かるだけだ。

女も馬鹿ではないが、女はこういう風になる。セックスをしているだけの女が、こういう風に多い。

だから、女には分からない。

あまり意味がないが、自分のセックスは悪過ぎる。全員とアナル・セックスをする意味がない。全員犯しても意味がない。

セックスのいじめは悪い。本当に、自分は一番悪いから、こういう風に天罰が下る。イスラム教徒が豚肉を食べるのと同じだ。

意味がないから、僕はセックスなんかしたくない。恋人のように全員のことを愛している。だが、そんなに何も感じない。

悲しい。本当に、悲しいだけの思いやりが一番多かった。

この世界を、そろそろ終わらせる。この世界には何も残っていない。一度、集落や村のような世界に戻る。

SEKAI NO OWARIが言う世界の終わりだ。もう、自分によって、この世界が完全に終わる。

そもそも、家族とテレビだけの世界になったぐらいから、全てがほとんど終わっている。村のような仲間が居なくなった。

ある意味、いじめのようなものは、村のような、「裏できちんとみんなのことを見ていて分かっている集団」が居ないから起きる。

村長がきちんと村を見ていれば、いじめのようなものは起きない。

そういうわけで、ソ連にするしかない。ソ連の村になって、みんなで一緒に生きる、そういう共同体に戻れば良い。

自由でないから飢えるのは、現実の見過ぎだ。もっと、現代人が新しく挑戦すれば、また違った国になるだろう。悪い国は普通に多い。

もう少し良いことをしたいから、もうセックスはやめる。もう少しマシなことをしたい。

むしろ、何でも出来るから、オープンソース・ソフトウェアを良いものにしたいと思う。

ただ、そういう真面目なことは出来ない。それなら、何も出来ない。そんな魔法のような術は使わない方が良い。

みんなにやってほしいことも、自分がやりたいことも、何もない。昔が動なら、今は静だ。

もう少しマシなことをすれば良い。時間をかけて良く考えれば良い。

そんなに偉大なことがしたいわけじゃない。友達が欲しい、というのとも違う。分かってもらえる相手が欲しいわけでもない。

ただ、純粋に同じことを楽しめるような、そんな仲間が欲しいとは言うが、一人きりでやっているのも、そんなに悪くない。

むしろ、自分の自由も制限されたくない。だが、自由はつまらない。自由のために友人関係を犠牲にしたくはない。

あとは、ネットは嫌いだし、テレビも見ない。

会えたら良いと思う人間は多いが、会えなくても大して何も思わない。本当の自分は馬鹿だ。こんな馬鹿と会っても意味がない。

悲しくはないが、嬉しくもない。怖くもない。安心も出来ない。楽でもないが、辛くもない。強くもないが、弱くもない。恨みもない。

むしろ、最近は死んだ魚のように生きている。死人にしか見えない。

赤ちゃんはつまらない。

良く考えると、昔の「まともな分かる大人」にもう一度なりたい。それは、良く思う。昔をもう一度したい。

だが、昔をそのままそっくりしても、キモい人間を体験するだけだ。

もう少し、まともな分かる大人になりたい。賢くて、優しい大人が良い。

日本語と日本の国や文化が良く分かって、常識があって、分を知っている、良識と能力のある大人になりたい。

賢い大人になりたい。

大学の勉強は、もう少しだけ知識を広げたいと思う。ただ、哲学はもう良い。きちんと哲学の中身を知らないから、それを知りたい。

今、神に願うことは、「楽になりたい」よりも、「賢い大人になりたい」だ。

右翼になれ、とは言ったが、最近、日本の社会が右傾化して、それぞれの自由が軽視されるようになってきているのは、僕は危険だと思う。

自由は、あった方が良い。最近の自由な社会が一番良いと思う。

僕は、むしろ、パソコンは悪くない、と最近思い直している。それは、おそらく、インターネットを倒したことに関連している。

2ちゃんねるは、もうなくなった。本当には消えていないが、自分のせいで、ある意味、消えた。

ネットは悪くない。特に、Debianのネットワークシステムは優れている。あまり意味がないが。

むしろ、自由で良いと思う。それぞれの自由を守って、自由に生きられる、本当に自由な世界が良い。

右翼なんか、どうでも良い。僕は、右翼なんか嫌いだ。自分が右翼に見られることに、激しい嫌悪感を感じる。