最近の日記(はてなブログ2)に戻る

=2017-03-18=

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あとは、生物学はやめた方が良い。生物に共通しているのは、「すぐに殺して食べること」と「違う生物から逃げること」だ。生物学なんか、本当に怖いだけだ。
posted at 21:17:18

ある意味、こんな言語はどうでも良い。僕は、今から日本で流行るのは、透明性だと思う。私は絶対に悪いことはしていない、という透明性を確保するようになる。全てを公開し、公開しない人間には罰を与える。公開することで、悪いものがどこに居るのか、分かるようにしてほしい。
posted at 21:14:29

ある意味、カードゲームと似ている。場にカードを出して、カードが場を支配する。その中で、二人はポイントを増やしたり減らしたりして争うのだ。この場合、場にあるカードを二人が操作し、自分にこうしてほしい、ああしてほしいとカードに頼むのだ。
posted at 21:11:22

ある意味、場とオブジェクト、だれでは十分ではない。場に居る人間たち、プログラムを操作する人間たちの定義が必要だ。単なるグループだけでは、つまらないだろう。誰からもアクセス出来るゲスト権限では、そのゲストへの対応を頼む、と言うことしか出来なくすれば良い。
posted at 21:10:28

場だけでは、十分ではない。僕が思うに、属性をどんどん増やして言って、その属性を処理するためのAPIを増やしていけば、Javaや共有ライブラリではないオブジェクト指向が出来ると思う。
posted at 21:09:13

DCにアクセスは出来ないかもしれないが、ファイルからファイルを作ってそのファイルにアクセスする、と言った発想は、UNIXのファイル指向を進めたものになる。プログラムを拡張し、どんなプログラムでも場にアクセス出来るのは、Windows的でもある。
posted at 21:08:19

そうすると、場の中にどんな属性を持ったオブジェクトを配置出来るのか、なども考えられる。ある意味、データとプログラムを柔軟な「場」によって管理することで、ワードファイルをワードでデバイスコンテキストに変換し、そのDCへとアクセスしたり出来る。
posted at 21:07:31

場にあるものは誰でも編集できる。そして、場を追加し、その場にあるものを操作するのは、どんなプログラムでも出来る。だが、ある意味、それをブロックする「鍵」のようなプログラムも考えられる。鍵のかかったデータには、それを管理出来る権限を持ったプログラムだけがアクセス出来る。
posted at 21:06:14

あとは、僕はプログラミングを発展させるなら、もっとスコープと継承を、もっと違うものにすべきだと思う。特に、「場の属性」と「場の変化」や「場の追加」から、「場にある変数にアクセス可能にする」ことが出来る。ある意味、cdコマンドでディレクトリの中を移動するのと似ている。
posted at 21:04:56

ゲバラをクズだと言ったのは申し訳ない。つい言ってしまった。
posted at 21:03:46

ある意味、パソコンの優れた点は、応用性にある。だから、ハードウェアをもっと可能性豊かな装置にしないといけない。他の機械は単純な機械だが、パソコンだけは総合スタジオだ。総合だから、全ての可能性を持っていなければならない。コードも出来るだけ、オープンかリライト可能なものであるべきだ。
posted at 21:02:59

僕は、死とは、生物が停止して動かなくなることではなく、「その世界が終ってしまうこと」だと思う。だから、そこから、世界と世界を繋ぐことが考えられる。人と人の世界が繋がった時、それは「その人が生きている」ことであり、人が孤独になり、繋がりを失った時、「その人は死んでいる」のである。
posted at 20:42:26

僕は、世界を変える、という方法すら変える。革命や戦争で血を流して変わるのはつまらない。世界の主導権を握るのは悪くないが、一人が抑圧して従えるのはつまらない。ゲバラのような手段では、無意味な死がほとんど、本当に微小な可能性に勝利がある。そんな、勝利を目指す革命家は、クズだと思う。
posted at 20:39:14

今、ゲバラやケネディのテレビ番組を見ているが、僕は世界を変えたい、そのために生きているような気がする。だが、革命や戦争では悪い。暴力は、自分に跳ね返ってくる。みんなを助け、みんなと話し、みんなと合意することで変えていきたい。だが、相手に理解されたいわけではないのだ。
posted at 20:36:15

僕は、世界を変えたいのだと思う。
posted at 20:35:18

ただ、JavaやC++のオブジェクト指向は、もう少し、もっと別の指向性を許すものであってほしい。何でもクラスにするよりも、もう少し柔軟性のある言語であってほしい。
posted at 20:35:11

ただ、僕が思うに、Cの単純さは捨てがたいし、たくさんのマクロによってCそのものを改善する言語にも、価値はあると思う。
posted at 20:34:33

ある意味、昔はBASICの方の人間だった。今は、UNIXの方の人間だ。
posted at 20:33:58

だが、今の僕が思うに、理想的な言語は、PHPとJavaScriptを統合した上で、Linuxの上で高度な仮想マシンで動く、Ruby on Railsのようなフレームワークであると同時に、高度なオプションや記法の許される、SQLを学ぶために有用な言語だ。
posted at 20:33:42

昔は、本当にプログラミングのことを良く考えて、自動化と再定義による関数などの宣言を考えていた。昔の僕が思うに、理想的な言語はC#だ。その理由は、1.Windowsで最初から動くこと、2.関数を実行・再定義するための仕組みが優れていること、3.Windowsとの親和性が高いことだ。
posted at 20:32:06

オブジェクト指向は、それにアクセス権やスコープをつけると同時に、test($_POST)だけではなくtest($_POST["name"])のように、最初から何でもオブジェクトならメソッドに渡せてしまうような、ライトな言語のことを考えているのだと思う。
posted at 20:10:50

これだけでは意味が分からないと思う。でも、例えば関数を呼び出す時に、test(1,2,3)とするよりも、test(&myobj)とした方が、僕は良いような気がする。
posted at 20:04:33

ただ、それは初心者的な目線だと思う。オブジェクト指向はこういう理由で流行っているのかもしれない。
posted at 20:02:51

例えば、int test(int x, int y, int z)とするより、僕はint test(struct _obj *obj)とする方が良いと思うし、struct _obj_type2 *objなども定義出来るべきではないかと思う。関数をライトな言語のように出来る。
posted at 20:01:54

僕としては、関数には出来るだけ少ない引数を与えるべきだと思う。オプションでどんどん増やすのは良いのだが、複雑で、意味の良く分からないコードになる。そもそも、HTMLやCSSのように、引数を名前で設定すべきなのだ。だから、CやC++で書くのは大変なのだ。
posted at 19:59:12

ただ、オブジェクト指向は分かるまでは要らない。最初は、コマンドラインで適当に書くのが良い。それで分かっていないように見えて、それでほとんどのことは分かっている。オブジェクト指向とは、データを各関数で共有するために構造体のポインタを定義することだ、と思えば良い。継承は新機能追加だ。
posted at 19:58:07

ある意味、オブジェクト指向で作ると、そういう関数のことを考えなくて良い。データとオブジェクトだけを作って、機能をどんどん作っていく。Cで構造体のポインタにするように、自然にクラスを使う。そして、クラスライブラリを使いながら、「使っていくだけで作る」ことが出来る。
posted at 19:57:01

変数と関数を分かるためには、どのレベルまでその変数を保管しておくか、どれが保管すべき内容か、それは構造体かポインタかどちらで渡すべきか、を考える必要がある。スコープや初期化の問題もある。だが、オブジェクト指向になってくると、再利用される局面でどういう関数にすべきなのか、を考える。
posted at 19:56:07

僕がおかしいのは、全部、昔の狂った世界と、今のおかしな世界が合わないからだ。そのせいで安心出来ない。
posted at 19:53:03

最近は、あり得ない体験をして、遡って、色んなものに替わる対話の神を信じた。
posted at 19:50:37

僕は、プログラミングとは、条件と分岐であると思う。条件と分岐が分かるようになると、コードを書ける。
posted at 19:49:44

IBMがやると、そういうところが絶対に動くようになる。カーネルはLinuxで良い。カーネルをどのようにプログラムと組み合わせるかが、問われるのだ。
posted at 15:53:02

僕は、カーネルのカプセル化、設定ファイルのカプセル化、データのカプセル化、フォルダのカプセル化をすることで、オープンでないシステムや特殊なシステムも、Debianのように再利用し、統合することが出来ると思う。
posted at 15:51:59

昔は、全部考えた末に、KDEをWindowsに乗せるとか、馬鹿な発想を言っていたが、あれは本当に全て分かっている人間だった。
posted at 15:51:09

そうすると、むしろUNIXであることに、あまり意味はなくなる。
posted at 15:50:39

パッケージ管理システムでも難しい。全部シェルスクリプトとか、あるいは何らかの共通アクセスインターフェースを作って、それぞれの設定ファイルを統合し、統一し、ある意味では同期やクラウド化も簡単に出来ると良いと思う。先ほどの、ディレクトリ・レイヤーも活用出来る。
posted at 15:50:10

スクリプトなのか、タブテキストなのか、iniなのか、XMLなのか、Linuxは設定ファイルの分裂が甚だしい。たまにX11のようなありえない設定ファイルもある。Ruby on Railsなどは、そもそも設定ではなく、規範であるとしている。
posted at 15:49:03

それから、アプリケーションの設定ファイルをもっと管理しやすくした方が良い。業界標準の設定システムのようなものを作って、それはある意味プログラミング言語よりも賢い記法のようにすれば良いのかもしれない。
posted at 15:48:05

ある意味、ディスプレイの方である程度の命令セットを持つようにして、ブラウザはHTMLをそのまま命令セットに変換して表示するようにすると、処理が高速化するかもしれない。
posted at 15:47:12

ディレクトリ・レイヤー機能を上手く活用して、/usr/bin/firefoxや/usr/bin/gccを使えるようにしたまま、firefoxフォルダやgccフォルダをフォルダ単位で削除したり追加したり出来るようにする。直観的な管理が可能で、パッケージシステムが必要なくなる。
posted at 15:32:22

各アプリケーションのフォルダをレイヤーを重ねるように統合して、PATHを上手く処理するなど、考えられる。
posted at 15:24:56

フォルダやタグだけではなく、レイヤー構造のようにファイルを操作出来ると面白いかもしれない。
posted at 15:24:02

僕は、XMLやJavaを処理出来るハードウェアが出来ると面白いと思う。
posted at 15:23:32

神は、悪人を地獄に堕とす。見ると、悪人が地獄に堕ちている。だが、神は慈悲深いから、地獄に堕ちた悪人の分だけ、神の方も地獄に堕ちている。神は偉大で、頑張って導きながらこの世界を創造した。
posted at 15:22:53

そろそろ、ひと段落ついた。これで終わりかもしれない。
posted at 14:50:55

僕は、パソコンはまだまだこれで終わりではないと思う。GNOMEの今の設定システムは分からないが、もっと自然で直感的に管理出来るインターフェースがあっても良いと思う。みんなにも、パソコンをどのようにしたら良く出来るか、自然で正しいものに出来るか、考えてほしい。
posted at 14:50:24

障害者は、分かってもらうだけになりがちだが、自分の方が分かろうとする気持ちを忘れてはならない。施設で障害者の人と関わって、そう思う。
posted at 14:45:12

要は、昔と今は共存出来ない。
posted at 14:32:31

戦争と言うが、文章を書き捨てながら環境と戦っていただけだ。
posted at 14:27:47

ただ、忘れたくなかっただけだ。人間は、忘れないと成長しない。忘れた方が良い。
posted at 14:26:57

歩き回るのは、正常な世界と狂った世界を同時に思い出すのが怖いからだ。
posted at 14:16:27

ただ、精神分析を治したいだけで、こういう風になる。
posted at 13:59:33

一時的に分からないのは、精神分析のせいだ。
posted at 13:55:07

社会は、意識と目的と文化から発生し、可能性として自由度を高める。
posted at 13:22:36

可能性とは、発生の起源となる意識を考えることだ。
posted at 13:21:17

注意点と対処から、社会の在り方が分かる。
posted at 13:11:47

昔は、具体的な可能性を論述しただけだ。
posted at 13:09:31

教えるより、教わること。
posted at 13:07:34

どの環境からどんな考え方や認識が生まれるのか、考えながら経験して分かっていた。
posted at 12:55:16

みんなに分からせるのではなく、自分が分かれば良い。言うのではなく、聞く。そうすると大学が出来る。
posted at 12:53:52