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=2016-01-13=

ソ連の政府のようなものを、文章で作っていた。

昔はプログラマの哲学者で、今はソ連の革命家のキリスト教徒のイスラム教徒だ。

英単語は今日もやった。

人間の歴史、環境、経験、制度、組織や、自然の変化、形成、変転、などを分かっていた。

戦いを頑張っていた。何も分からない中で、良く頑張った。

認識の段階のようなものを書いていた。本当に賢い段階だった。

皆を馬鹿にしないこと。それで、本質的に治る。小手先の変化では、治らない。

ブッダは分かっていない。自分が低いだけで、地獄は馬鹿では無い。

ブッダは、この宇宙のことを自然だと思っていない。

全部宗教的な因果性があると思っている。

そういうわけで、仏教は宗教だ。

皆を賢くしない方が良い。賢くすると、馬鹿になる。

楽にして、まともにした方が良い。そうすると、きちんと良くなる。

ヤスパースが賢い。集団に没していると分からない。本来の自分に立ち返ることで分かる。

限界状態を経験することで分かる。

この世界は、神の暗号である。宇宙には、包括者と言う、神のような存在が居る。

包括者の声を聞け。

僕は、哲学者になるなら、ヤスパースになりたい。それが一番賢い普通の人間になる。

あとは、サルトルにはなっても良いが、ハイデガーにはなりたくない。

ただ、ヤスパースにはならない。昔と同じになっても意味が無い。

もっと別の誰かになった方が良い。それこそ、ヤスパースでは悪い。

ブッダやマホメットになりたいのは、さらに悪い。何故なら、それはなれない。

ヤスパースには、なりたくない。なりたくないから、ならない。

むしろ、もう著名人にはなりたくない。普通の人間になりたい。

ただ、普通の人間になりたいだけだ。それをヤスパースと言っただけだ。

あまり意味が無いが、普通になりたい。それは、意味が無いだろう。

ゲーテ、ダヴィンチ、アインシュタイン、マルクス、キリスト、などになりたい。

もっと適当なことを言えば良い。そうすると、むしろ、皆と同じにはなりたくない。

皆とは違う、一線を画した賢い人間になりたい。

それらになりたいなら、もっと普通の人間の知性と経験を吸収すれば良い。

何か違う存在になるより、周りに居る皆のことを吸収する。それが一番近道だ。

昔から、そういう、皆のことを吸収する考え方が多かった。昔はそれだけをしている。

そこらへんの賢い5人は、賢くないから、止めた方が良い。

むしろ、ブッダになるのが一番良い。

宇宙から見て、地球上に賢い人間はブッダしか居ない。

それこそ、ブッダになると、色んな賢い人間は、全員分かる。そういう存在がブッダだ。

あとは、人間や時代を空想して分かっていた。

アインシュタインのような人間を空想して分かっていた。

それくらいを書いていない。

人間を空想するせいで、色んなことが分かっていた。

時間のことを良く分かっていた。

江戸時代のようなものを考えて分かる、ありえない人間だった。

あとは、本当に物理学者のように分かっていた。

色んな宇宙の存在を吸収していた。

精神分析から、人間のことが全部分かっていた。

あとは、相手のことを想定して、現実と空想の世界を繰り返しながら、論理的に考えて、引き篭もりの意識で分かっていた。

何故か、狂っているように見える。セックスにも見える。皆、この文章で狂って死ぬ。

そろそろ全部書けた。

あとは、認識から自己と世界の確かな存在を分かったりしていた。

そして、ハイデガーのように存在を意識で分かる。そういう人間だった。

経験と言語の関連性を考えながら、環境を推論して、自由から分かっていた。

自由を良く考えて、経験すれば出来る。

そういう、確かに分かる領域へと至ったのが最近の自分だ。

昔は、ネットを知って、考え方を変えて、自由から推論して、世界モデルを作って、自由な他者の存在を想定して、見方を変えて、実際のところを考えて、社会を知って、観察して、実験して、精神分析をして、瞑想や正しい行動をして、心で分かっていた。

そういう、「いかにして自分が分かったか」、のようなことをいつも書いていた。

それこそ、既に分かっているのがおかしい。自分は、何も無いところから分かった。その、何も無いところから考えて分かった、その方法とプロセスと経験を書いていた。

あとは、論理学の段階と網羅のようなことをしている。

ヘーゲルが言う「徳の騎士」や「事そのもの」のような、精神の成長を全部書いていた。

あとは、物理的に当てて分かっていた。抽象的に予測して、積み重ねた。

心や精神や意識と、現実やモデルや経験を、照らし合わせながら、当てて分かった。

実際のところを考えて、意識の段階やレベルを知った。実地的に価値観を考えていた。

そして、人生経験が多かった。ネットでの出会いと、引き篭もりになった実体験と、世界を知り尽くすネット社会での活動で分かっていた。

これで人生経験を積めば分かると言うが、おかしい。既に神になっているのが自分だ。

神は、発病すると言っている。何か病気になる。多重人格になるかもしれない。

それから、奇跡的に治ったと言っている。病気のようで、認知症のことを言っている。

あとは、感情で意味を考えた。想像力で経験を考えて、自分の経験で分かっていた。

子供みたいな人間だったが、そのせいで本当に一番賢い大人になった。今の方が子供だ。

これでは何も考えていないように見えるが、昔は本当に良く考えていた。

それこそ、この文章の内容を、何も無いところから考えるのは難しい。

そこが出来る人間だった。必要なものは、コンピュータと日本語だ。それがあると分かる。

森羅万象と人間と経験のことを思考で考えた、賢い人間だった。

そういうことを、モデルと全体像と言っている。客観視から分かると良いだろう。

昔は、心理で皆のことを支配する、おかしな人間だった。

やくざみたいな人間だ。それこそ、善悪が分かっていない。分かっているようで、自由から分かっているだけだ。自由を良いと思うせいで、皆を批判すべきだと思っていた。そういう、馬鹿な人間だった。今より、昔の方が、本当に馬鹿だ。

最近の方が良い。辛い中を頑張るせいで、辛くても楽な人間になった。

本当に強くなった。英語が出来るのは、辛くないからだ。そういうわけで、地獄は楽だ。

自分を一番辛いとは言うが、それは正しい。おかしく、死ぬように苦しんでいる。

こういう辛い人間が馬鹿になる。

あとは、文章も同じだ。これくらいをゼロから考える、そういう文章だった。

分かっていないように見えて、もう分かっている。

そろそろ書かなくて良い。もう終わりにした方が良い。

経験みたいなことを具体的に書いていないが、サルトルのようなマスターだと思えば良い。

ブッダが、解脱をそのまま道と言っているように、道のようなものを捉えて分かっていた。昔は、そういう知性があった。良く考えれば分かる。

皆の方が賢いのが分かっていない。誰でも、そういう風に賢い。

こんなタリバンは賢くない。皆を時間と時計の機械にするのはおかしい。

もう、皆を治すのは止めた方が良い。皆、自分のせいで治るようになった。それが一番、地獄みたいに辛くなる。もう治らなくて良い。本当に地獄になった人間が多い。

自分はそこが怖い。赤ん坊が泣きわめくように怖いのが自分だ。

自由や平等は、与えられるものではなく、自分から戦って勝ち取るものだ。それは悪い。

自分は、世界史やリベラルアーツをするより、もっと普通の文章を読んだ方が良い。

ネットは悪くない。何かした方が良い。だが、明らかにネットは悪い。

何もしないのはおかしい。ネットはしなくて良い。もっと良い本を買えば良いように見える。むしろ、学校に行った方が良い。

あとは、記憶や概念のようなことを分かっていた。

分かっていない。賢い人間は、どこにでも多い。そういう、賢い人間と話せば良いだけだ。もっと、賢い人間と付き合った方が良い。

2ちゃんねるは、不思議と、悪くない。賢い人間が多いのが2ちゃんねるだ。

成長も、ネットが一番分かる。世界のことや哲学のことも良く分かる。

だが、2ちゃんねるは明らかに悪い。分からないのがおかしい。大学でも行けば良い。

もっと他人の言うことを聞いた方が良い。哲学者も、良く考えれば分かる。

昔は色んな人間の言うことを聞いて分かっていた。最近は、それだけが出来ていない。

見ていると、皆馬鹿だから、付き合いたくない。

自分の父親も、馬鹿に見える。何もしていないようにしか見えない。

むしろ、これなら、もう終わりに見える。

もっと意見や会話を聞いて、経験を吸収すれば良い。

そのためには、皆と同じになるべきだ。

馬鹿に見えて、皆と同じは賢い。皆、もっと色んなことをしている人間が多い。

昔は、本当に色んな人間の意見を聞いていた。全ての経験があった。それだけの人間だ。

ウイルスにはかからない。ウイルス対策ソフトをきちんと入れている。

ただ、2ちゃんねるは怖いから見なくて良い。もっと他のサイトを見れば良い。

ただ、本当にネットは見たくない。意味の無い人間になる。なりたくないから、止める。

何か、他の人の言っていることを分かった方が良い。とりあえずは、父親で良い。

足がそろそろ治った。

昔は、意見を共有するシステムとか、自由な環境とか、ネットみたいなことを言う。

自然に意見を共有して、自由に参加出来るのを良いと思っていた。

理想の社会を、考えて、経験して分かっていた。

児童虐待を防ぐためには、国家が子供を育てれば良い。それは、おかしくは無い。

ネットで経緯を見て分かっていた。

昔は、ネットと哲学しか無かった人間だ。そういう風に考えれば分かる。

僕は、ネットは見ない。だが、ネットに戻ると、すぐに足が治る。

怖いのは、ネットだ。ただ、ネットが怖いだけで、テレビやNOVAが怖くなった。

あとは、具体的な社会を想定して、経験から分かっていた。

自由な社会を想定して、形成と場の歴史を分かっていた。そういう人間だった。

何でも、自分ですれば分かる。

世界のことは、実際の社会を知って、きちんと考えれば分かる。

経験し、挑戦し、行動し、成長し、学習し、失敗から学ぶこと。

もう、何も無い。そろそろ、書けないようで、もうきちんと分かった。

理性批判をし、環境を思い出し、経験から想起して、意識を根源的に実感して分かった。

思考すること。それだけの人間だった。

昔は、賢くない。ほとんど何もしていない。何もしないから分かっただけだ。

この世界が、何であって、どうなるか、どう出来るか。意識と経験で分かっていた。

場と環境にどんな可能性があるか、どのように本質から変えられるか、考えていた。

経験から場の意識が分かっていた。方法と学習から、出来るようになって、全ての経験を予測していた。あれは、そういう、異様な引き篭もりだった。

目的が同じなら、変えられる。そういうところが分かる人間だった。

ネットは見ない。見る意味が無い。昔は具体的な知と社会と経験を知りたかっただけだ。

ただ、自然な可能性が好きだった。自由が好きで、支配が一番嫌いだった。

ファシズムはおかしい。見ていると、ヒトラーが一番悪い。

もっと、平和で、自由にした方が良い。それが正しい。それくらい、誰でも分かる。

昔は、別の可能性が分かる人間だった。モデルを作って、実際のところを知って、変化の可能性を知る。何でも別の可能性が分かっていた。

積み重ねて、全体把握の可能性を知ることで、全てが決め直して変えられるのを知った。

あとは、影響力ぐらいが多かった。

影響力の風上に立って、最も効果的に世界を変えていた。それがWikiだった。

何かを変えるために、どこで何をすれば良いのか、そういうことを考えていた。

想像力をつけるなら、原因と結果を考えれば良い。結果から、原因と説明を知る。

昔は、想像力で原因と結果を考えていた。原因から説明して分かっていた。

あとは、前後関係、意味、状態、そして様相のようなものを良く考えていた。

経緯を知ることで、融和し、支配出来る。

ある意味で支配し、ある意味で影響力を与え、ある意味で教え、ある意味で与える。

そういう風に、世界に対して何でも出来る、おかしな人間だった。

本当に可能性が分かっているせいで、世界の全てを自分の知の構築で支配出来る。

あれは、そういう人間だった。そういうことを、いつも言っていない。

悪魔と言うよりは、黒魔術だ。

そういう風に、ある意味で何かが正しい、本当に正しくなくても、それを正しいと言って、ある意味、それが正しいことになる、それを言える人間だった。

知と正しさの関係と可能性と成り立ちが分かっていた。全部分かっていた。

あとは、その可能性の網羅のようなことを言っている。

希望とは、愛、平和、真実、自由、人生である。

人間は、破壊する人間、守る人間、築く人間、滅ぼす人間、賢い人間、自由な人間が居る。

そういう、可能性の網羅のようなことを言う。本当にそういう人間だった。

全ては、システムを築き、環境を変え、知恵を集め、創造し、正しく行動し、作ることだ。

平和とは、愛と状態のことを神のように考えて、社会を作り、共有することだ。

それがそのまま、様相とマスターのような文章になっていた。

経験、組織、環境などは、そういうことを言っている。経験を可能性から考えた。

可能性を自在に操ることで、人の心を完全に支配出来た。何でも分かっていた。

全ての可能性が、ある意味それぞれ正しい。どれを正しいとも言える。

昔は、それだけの人間だ。ネットで経験して、理性で経験と知を考えて、そうなった。

あとは、場所や時間や環境の違いから、同じと違うを考えて分かっていた。

記憶や正しさから、言語を考えて、人間の存在の可能性を分かっていた。

理性は、自分によって完全に支配出来る。他人も自分も、理性を完全に支配出来る。

経験論や、スピノザの言う受動感情のコントロールのように、哲学的に分かった。

あとは、経験から場所が分かっていた。根源的な意識で分かっていた。

そろそろ本当に分かった。あれは、そういう、ネットや孤独のせいで狂った人間だった。

善悪や思いやりも多かった。

自分が本当に理想の良い社会を実現出来ると思って、それを信じて分かっていた。

人間を導いたり、社会を変えられたりした。全部そういう風におかしいのが、昔だ。

反省して、可能性を分かった。

悪魔のように全ての発想と正しさが分かっていた。そういう理由で科学も分かった。

あとは、意識で場を分かっていた。

学校を見て、学校の子供たちが遊んでいるところを見て、場の意識や歴史を分かる。

あれは、そういう、おかしな狂った人間だった。

そろそろ、もう良い。あとは、最近の方が良い。最近は、毎日文章を書いている。

きちんと推論して、論理的に考えれば、哲学は誰でも出来る。

あとは、実現出来ると思っていた。

会社や学校を作りたかった。作れるだけの能力が本当にあった。

ただ、そうでもない。あれは、何も出来ない、知性の無い人間だ。

あとは、色んな空間や時間のようなものを分かっていた。その時間と観測の中で、その空間がどのように存在し、観測者と関係しているのかを分かる。

そして、ニュートンのように、この宇宙の法則が普遍的なのを分かっていた。

あとは、方法から、全部出来るようになった。

そして、オープンソースの活動から、色んなことを知った。人間的に成長した。

自由な社会と個人の関係が分かっていた。社会とは、個人の集合だと考えていた。

それこそ、人間のことは全部積み重ねて、ネットでパターンを知り尽くして分かっていた。

あとは、今日はもう終わりにする。続きは明日書く。もう寝る時間だ。

地球の歴史のようなものを分かっていた。自然から古代などの可能性を分かっていた。

古代に人間が何をしていたのか、そういうことを良く考えて、古代の社会を考えていた。